ポムポムゴリラのブログ

徒然なるままに

腕に顔を乗せてもらうのがすきだった。前足の毛を触るのが好きだった。思い切り走った時に爪でシャシャシャシャシャーって音がするのが好きだった。歩くスピードが早足で可愛い音がするのが好きだった。興奮すると吠えがちなのが可愛かった。お手がお手じゃなくて、引き寄せるようだったのが好きだった。走ってブレーキが効かなくてお腹を壁にぶつけてたのが好きだった。わたしがばあ!と飛び出てびっくりさせたら全力で逃げていくのが好きだった。抱っこをして一緒にお散歩にいくのが好きだった。たくさんの景色を見せてあげるのが好きだった。食べることに遠慮がないのが好きだった。目がむきだしになっていた。可愛かった。ずっと抱っこをしているとちょっと嫌そうな表情をするのが好きだった。嫌がられるのも可愛かった。お風呂に入れてあげると怖くて震えるのが可愛かった。背中がかゆくて床に擦り付けてるのが好きだった。背中をかいてあげると気持ちよさそうに口を開けるのが可愛かった。夏は暑さでハァハァ言ってるのが可愛かった。日向ぼっこをしている背中が可愛かった。毛並みが綺麗で、太陽に照らされてキラキラしていた。こたつの端で丸まって寝ているのが好きだった。鼻が濡れていることに安心した。散歩の途中で変なものを食べようとするから困った。わたしが落としたゴールデンチョコレートを食べたことに腹を立てた。チャイくんにはなんでも話したし話せた。心の拠り所で、癒しだった。頭を撫でた時のもふもふとした毛並みが好きだった。目の下に目やにがカリカリに毛と一緒になって、それをよく抜いてあげていた。ひげを触ると嫌がった。尻尾もいやがった。小さい頃にちんちんの周りに膿が出来ているのを見つけた。座り方がお姉さん座りだった。耳に息をフウ、とすると嫌がった。両手でお顔をわしゃわしゃするのが好きだった。たまにびっこを引いていた。服が異常に似合っていた。ずっと抱っこをすると重くて腕が痛くなった。わたしの部屋の座布団でいつも背中をかいていた。ドライブが好きだった。窓から顔を出すと半目になっていた。日向ぼっこをしているとき、暑くてハァハァしていた。きっとまだまだ思い出はたくさんある。大好きなのだ。会いたい。抱っこしたい。ぎゅっと抱きしめたい。チャイくんなしで何を楽しみにすればいいのか。どうしたらいいのか。もうわからないし、どれだけ泣いても懇願してもチャイくんは戻っては来ない。どうしたらいいのか。ただ困ってしまう。息が苦しくなる。チャイくん…

チャイくんがいない日常を、どう過ごしたらいいんだろう。

家中どこにいてもチャイくんの影が見えてしまう、そばにいる気がしてしまう。


すっごく楽しかったんだ。11年ちょっと。一緒にいた時間が楽しすぎて、もう一生、もうわたしが死ぬまで、もうずっとチャイくんを触れないのが辛すぎるんだ。最後の時まで一緒にいたかったよ。すっごくすっごく楽しい日々がいつまでも続いてほしかった。魔法が解けた気がする。これがわたしの人生の「機」な気がする。

魂が抜けて

どこへ行ってしまったのだろうか。

無事でいることを小さな写真立てから祈るしかない。チャイくんがいたリビングに、まだチャイくんの気配を感じる。

こんなに悲しいのを、犬ごときで、って言われるのがとても辛い。チャイくんはわたしにとっては親友くらいの大事な存在なのだ。家族であり親友なのだ。もうここまでくると本当に依存なのかもしれないけれど。

これから嫌なことがあって、チャイくんをわしゃわしゃ撫でて元気だそう、と思っても彼はいないのか。悲しい時に報告する相手もいないのか。一緒に散歩することももうないのか。食べ物をあげて喜ぶ様を見るのももうない。何もない。思い出すことしか出来ない。

結婚式にチャイくんもいてほしかった。わたしの寿命を半分与えてでももっと長生きしてほしかった。慣れない。12年近く一緒もいたのだ。当分慣れないだろう。わたしはチャイくんに何かできただろうか。チャイくんは今どこにいるのだろうか。





3/4 23:50

11年間いつも一緒だった家族のチャイくんが亡くなりました。心不全の末期でした。


チャイくんはどこに今いるのでしょうか。体から魂が抜け、今は精神だけが何処かに行ってしまってるんだと思います。まだこの辺にいるのかな。チャイくんはなんだかんだ寂しがり屋さんだから1人だと心配です。頑張れよって応援しかしてあげられない。


いつもわたしは、チャイくんが万が一いつ亡くなっても後悔しないように、「大好きだよ」と言っていました。

昔、どこかの本だかで読んだ、お話があります。

そのお話は、小さい男の子とペットの犬の話でした。男の子は毎日、犬に「大好きだよ」と言っていました。男の子と犬が年を重ねるにつれ、犬は段々と衰弱していき、亡くなってしまいました。

でも男の子は泣きませんでした。男の子曰く、「犬に毎日、大好きだよって言っていた。だから悲しくない。」と言っていたのでした。


この話にわたしは感銘を受けて、チャイくんに毎日大好きだよ〜おやすみ〜と言って寝ていました。ある時は散歩をしながらたくさんチャイくんに話しかけました。仕事のこと、楽しかったこと、チャイくんの昔話、チャイくんに対する愛情、懺悔、いろいろ。

わたしの寿命を半分あげるから、その分生きてほしかった。一緒に生きたかった。技術がまだ足りなかったですね。生まれる時代が私達ははやすぎたね。


チャイくんになにもしてやれなかった、と後悔しないように、色々考え、実行しました。亡くなってしまった今、わたしは男の子とは違い涙は止まりませんし、とても悲しいです。

でも、毎日毎日言ったので、わたしの気持ちはチャイくんに伝わってるのかなと思います。ほんとうに、本当に大切な存在で、家族であり、兄弟であり、ライバルであり、友達だったとわたしは思っています。

わたしがしつこすぎるのでちょっと避けられたりもしたけど、まあいいでしょう


チャイくんは最後までお利口さんでした。家族がみんな揃っている時に亡くなりました。あの子は人間の言葉が分かっていたように思っていましたが、まさか曜日まで把握していたのでしょうか。

弟は寮暮らしですが、帰ってきている時に、お父さんが夜勤だったのですが、お休みの時に。すごくないですか。本当にすごくないですか。

チャイくんにこれから会えないなんて考えられません。実感は湧いていません。明日も朝になったら気怠そうな顔でソファに寝転がっているのだと思ってしまいます。そしてわたしは慌てながら会社の支度をして、「ちゃいくん、ゴロゴロしてるだけならわたしの代わりに仕事行ってくれん?!」って言うのだと思っていますし、きっとこれからも慣れないのでしょう。本当に1人にさせて、病院の暗くて狭くて心細いところで弱らせてしまったことが辛いです。昨日までは元気そうに見えたのになあ。チャイくん、って言って抱きしめたいです。大好きです。

どうしようなあ。全然慣れないと思う。全然今も涙は出てはいるけど、実感がないんだと思います。フワフワとしている。夢見たい。冷たくなったチャイくんを触っても夢見たいだと思ってしまいます。


チャイくんに楽しみにしてたポップドーナツのゴールデンチョコレートを食べられた時。バレンタインにもらった、銀紙がついたままのチョコを食べられた時、まだ鮮明に思い出せます。どちらももう5年以上も前のことでしたし、チャイくんはそれで何も異常を起こさなかったので、強い犬なんだなと思います。


チャイくんとは思い出がたくさんあります。彼は食には獰猛でしたが、他については達観してたように思います。それかわたしが鬱陶しかっただけか?!まあそれでもいいでしょう。今は無事なのでしょうか。まだここにいるのでしょうか。


まだ語りたいことはたくさんあるけれど今日はここまで。


親愛なるチャイくん。いつまでも愛しているよ。茶色だからチャイくんなんて安直な名前にしちゃったね。気に入ってたかな?もっとかっこいい名前がよかったかな。スミスとか、サタンとか。わたしも精神だけになった時はあんたに会いに行くもんで、何年か、何十年になるか分からんけど、覚えとってよね。そん時はまた一緒に散歩しよ。その時はお喋りできるといいなぁ。意思の疎通がしてみたいな。この家に来てくれてありがとうね。あっという間だったけど、すごくすごく楽しかったし、あんたがいることで生活が色づいていた。あんたを見るだけで笑顔になれる人が沢山いた。愛されていた。花が咲いているようだった。素敵な犬ね。あんたは最高だったよ。犬としても、動物としても、家族の一員としても、わたしにとっても。もう本当に大好き。また会いたいな。絶対会いたい。覚えててよね。また会った時は下手くそなお手を披露してくれよな。精神だから無理かな?あんたも心臓病で息するのも苦しかっただろうけど、生きるのを頑張ってたし、わたしもこれからもめげずに頑張ろうと思う。チャイくんがいないのはもう引きこもりそうなくらい寂しいけど。チャイくんも一歩を踏み出したんだからわたしも頑張らなくちゃね。またね。またね。だいすき。またね。